日米を頻繁に往復して、物事によって日米の感度の格差が大きく愕然とすることがしばしばあるが、その最たるものの一つが人材活用における女性の活躍の推進についてである。2011年のAPEC(アジア太平洋経済協力)閣僚会議は「女性と経済サミット」と題し、社会的公正だけでなく経済成長のための女性活躍の推進の重要性を訴えた。基調講演者であるヒラリー・クリントン米国国務長官は、自国はもとより日本にも言及し、日本における女性の雇用率の男性並への引き上げは日本のGDP を16%増大させると述べた。しかしこの推定は単に量の引き上げの結果で、質の引き上げによる効果はより大きいと期待できる。例えば米国では管理職者の女性割合は40%を超えるが、わが国では平成18年女性雇用管理調査の結果では、係長以上の管理職中女性割合は6.9%、課長相当職になるとわずかに3.6%である。これは女性の管理職者としての潜在的能力がわが国で生かされておらず、逆にいえばそれを生かすことのプラスの効果が大きいことを示す。同様にOECD(経済協力開発機構)加盟国の中での男女賃金格差について、わが国は韓国に続き格差が2番目に大きい。しかも韓国の男女格差改善の速さはわが国を上回り、近い将来わが国はOECD の中で賃金について男女格差の最も大きな国となる。そして、これは単に不平等の問題ではなく、わが国で女性がいかに経済活動での活躍が阻まれているかを示している。
これらの事実は、国連開発プログラムによる女性が経済と政治の意思決定に参加している度合いを示すジェンダー・エンパワメント尺度(GEM)(2009年)でわが国が世界で57位であることにも如実に現れている。同プログラムが発表している教育レベルや健康レベルに基づく人間開発指標(HDI)ではわが国は10位であり、人的資本の水準に比べ、女性の活用が遅れていることが異様ともいえる状況なのだが、その意識は当事者である日本国内では希薄である。
最近(2012年4月)(独)経済産業研究所(RIETI)で、OECD のグリア事務局長の「日本経済の再活性化」と題する講演があったが、彼は日本の労働生産性の向上を日本経済の今後の成長戦略の三つの最重要項目の一つとした。他の二つはグローバル経済との統合と環境技術(グリーン・テクノロジー)の開発である。労働生産性の向上については、女性の活躍の推進を最重要項目にあげ、その達成手段として、非正規雇用に偏る女性雇用形態の是正や、ワークライフバランス達成可能な「家族に優しい企業」の推進を訴えている。
以上のことから、女性の人材活用がわが国の人材活用の最大のフロンティアであることは、いわば国際経済社会から見た常識である。ところが、冒頭で「感度の格差」と筆者が述べたように、このことが当事者であるわが国のリーダーの中では未だ常識となっていないように思える。わが国経済の活性化について行われた議論は数限りないが、その中で女性の活躍の戦略的重要性に触れたものは極めて少ない。また筆者が企業の人事担当者と話すと「もう女性人材の活用は充分やっている」といいつつ、管理職女性はまだ一人もいない、というようなことが少なくない。言うまでもなく女性の人材活用というのは、単に女性を雇用することではなく、性別にかかわらずその潜在能力を十分に発揮させ、企業の様々な意思決定にも同等に参加させることに努めることを意味する。また今回の報告書の計量分析では、そのように女性人材活用をしている企業はパフォーマンスが高いことも示している。経済のグローバル化の中にあって、わが国の官・民のリーダーたちは、世界の常識とも言える人材活用における合理性や公平性を女性の活用には当てはめていないように思える。女性雇用者が40%を超える現状で、その機会コストははかり知れない。
行政においても内閣府を中心とした男女共同参画推進の体制は構築されているものの、その取組状況は海外諸国に比べると依然として大きな開きがあり、女性活躍の推進を加速化していくためには、これまでより一歩踏み込んだ取組が必要とされている。そうした中、今般、経済産業省が、一般論でなく、具体的に経済活動における女性活躍の推進の道を真剣に考えねばならぬ時期であるとの認識のもと、企業におけるダイバーシティ推進の経済効果に関する調査研究を実施したのは一歩前進であり、これを契機にさらなる取組が進展することを大いに期待したい。
本書は、経済産業省の委託事業として実施したものであり(委託先:みずほ情報総研株式会社)、4回にわたる研究会での議論の他、メーリングリスト等による闊達な意見交換を踏まえてとりまとめた報告書『ダイバーシティと女性活躍の推進』を書籍の形で出版するものである。
内容は女性活躍推進の成功企業事例と企業調査結果に基づく計量分析結果にもとづき、わが国において女性活躍が求められる背景と意義、女性活躍により期待される経営効果、そして現状と課題について述べている。事例研究でとりあげた「日産自動車」「帝人」「天彦産業」「ローソン」「大垣共立銀行」「リクルート」は業種も企業規模も異なるが、それぞれわが国の中にあって女性活躍推進に努めてきた企業である。欧米と比べれば、まだまだの部分もあるが、女性の活躍推進に積極的でない企業も多いわが国において、それぞれ一定の成果を挙げ、またどのような方法で女性活躍を推進しているのかの具体的示唆に富む例を提示している。また、より一
般的には、わが国で女性活躍を推進し、それにより、企業利益を高めてきた企業は少数派ではあるが、それらの企業がどのような特徴を持つかについて計量的に明らかにする研究も紹介している。また、今後の政策の方向性として、企業における女性活躍推進への取組を支援し、加速化させるため、その取組状況についての透明化(「見える化」)を図る制度の確立等について提唱している。そのような制度の先進国である米国やオーストラリアだけでなく、わが国同様女性活躍推進の著しく遅れていた韓国が、近年そういった制度を採用することで着実に女性活躍の推進に成功しつつあるからである。
わが国における女性活躍の推進、より一般的にはダイバーシティの推進、は官・民・学の協力により広くかつ着実に推し進められなければならないが、今回の研究会の活動は、委員およびオブザーバーに官・民・学の有識者に入っていただくことで、例えば内閣府男女共同参画局、民間企業でダイバーシティ推進を積極的に推し進めるNPO 法人J-Win(ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク)、経済産業研究所のワーク・ライフ・バランスに関する研究プロジェクトメンバー、などとの連携を図り、その官・民・学の成果を横につなげるといった試みも行った。また、小宮義則大臣官房審議官、坂本里和経済社会政策室企画調査官を始め、事務局として経済産業省の積極的支援を賜ったことに深く感謝する。結果は報告書の内容からご判断いただきたいが、本報告書が今後わが国で、女性活躍の推進による経済活性化に向けた社会変化のうねりを起こす一助となることを願ってやまない。
「企業活力とダイバーシティ推進に関する研究会」座長
シカゴ大学教授
山口一男