アジア諸国の商標制度はこの数年で大きく変化している。その理由として、先進各国が東アジアへの生産シフトを進め、東アジアでの国際分業が大きく展開し、商標制度をとりまく社会、経済状況が一変したこと、加えてかかる経済のグローバル化の中で、自由貿易体制を構築しようとしたGATTウルグアイ・ラウンドが終結し国際貿易機関(WTO,1995年1月1日設立)が成立したことが挙げられる。国際貿易機関においては、その付属書1Cに「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPs協定)が策定され、従来のGATTにおけるモノの関税譲許ではなく実体法の権利保護基準(スタンダード)を設け、それに対する権利執行(エンフォースメント)のための司法・行政措置を明示し、併せて契約国の間で協議または合意違反が生じたときその改善を勧告しうる紛争処理手続が設けられたのである。商標については、このTRIPs協定で「パリ・プラス」アプローチがとられている。具体的には、工業所有権の保護に関するパリ条約ではサービスマークの保護に登録が不要であったが、このTRIPs協定ではサービスマークの登録を義務付け(第15条第1項)、経済のグローバル化の中で周知商標の保護強化が求められ、それがサービスマークにも拡大されること(第16条第2項)、そしてその保護範囲が拡大されて、登録商標にかかる商品・サービスを類似しない商品・サービスも保護範囲に含まれることとなったのである(第16条第3項)。
本書はさきに刊行された「第I巻(中国・香港・台湾)」に引き続き、韓国・フィリピン・マレーシア・タイ・インドネシア・ベトナム・シンガポール・インドの8ヶ国について、各地の専門家の協力のもと、各国ごとに加入条約、現行商標法の特徴を商標登録出願の様式、出願時に必要な書類、出願手数料、出願から商標権取得までの手続や商標権の存続期間、登録商標の使用義務に分けて説明し、併せて商標法における保護対象、識別力および不登録事由を説明した。加えて、各国の特異な制度の概要を記述するとともに取扱い官庁、代理人、エンフォースメントおよび商標ライセンスについて、商標実務の側面からとりまとめたものである。第I巻とあわせて商標実務家に、その実務の場においてお読みいただければ幸いである。