この書は私的電通論です。それと同時に、私の電通生活を綴った回顧録でもあります。三十六年間、電通マンとして過ごしたハリのある人生を今回顧し、当時私を支えてくれた電通イズムや自由奔放な環境をとりあげ、良き時代を述べてみたいと思います。また、広告を初めとするコミュニケーションの仕事の分野で、大きな影響力とパワーを維持し続けた電通の要因に触れてみたいと思います。
電通に永年勤務をしていましたが、電通についてよく分からないところがあります。外部の皆さんが見ても、電通は何をやっているのか、実態が分かりにくい会社だと思っておられるかたが多いように思います。なぜ分かりにくいのか、この後お話をしますが、そんな分からない電通を退職した私が私なりに掘り下げ、ときに評価される電通パワーの原点に触れてみたいと思います。
私の電通論は私の経験から来るものですから一方的です。ですから、勿論、反論も覚悟しています。私は、電通が謎をたくさん持った不思議な会社であると感じています。そこに電通成長の魅力とパワーが隠されていると推測しています。
電通とは、何なのでしょうか。その謎となるビジネスの原点に触れてみたいと思います。さて、他の業種のビジネスを考えて見ましょう。例えば、自動車会社なら自動車を製造し販売する。そして、アフターサービスとい
ったケアをするのがビジネスです。つまり自動車を中心に会社は巡り、全ての社員が同調します。食品会社なら食品を製造し(または栽培し)販売する仕事です。このように多くの企業はビジネスを担う商品やサービスが明らかです。でも電通のビジネスは?と問答しますと広告の仕事とはいいきれないのです。
広告会社の範疇にありながらその回答は的確ではないのです。勿論、広告は電通ビジネスの柱にあります。しかし、電通は平たく申し上げれば何でも商売にしてしまう会社なのです。もっと突っ込んだ言い方をしますと電通の仕事は一人一人違うのです。広告会社と言っても広告ビジネスに関与しない人もたくさんいます。広告以外の仕事で会社に貢献をしている人がたくさんいます。
ですから自動車を巡ってビジネスをする自動車会社と異なって、電通のビジネスはさまざまなビジネス要素が混在し、実態が掴みにくい会社なのです。それが秘密といいますか、謎と考える所以です。
二〇一三年六月 信田和宏