少子高齢化は、我々が直面する大きな変化です。これにどう対応し、制度をどう作っていくかは、単に現在を生きる我々のあり方だけでなく、将来の世代に何を残すかを考えることです。
3月11日に我々は大きな震災を経験しました。地震は、起こるまでは地面はびくとも動きません。しかし、活断層にはエネルギーが溜まり続けており、ある閾値を超えると、実際に地震が起きてしまいます。
少子高齢化時代における社会保障は、いわば社会に埋め込まれた「活断層」です。何も起きないように見えても、社会保障財政への負荷は増え続けており、社会の「歪み」が拡大しています。現状を放置すると、この歪みが突然弾け、経済社会に深刻な影響を及ぼしかねません。
実際の活断層のエネルギーは取り除くことはできませんが、社会の歪みは早い段階で是正することができます。今回の報告書は、こうした現状に対する強い危機感を委員全員が共有し、歪みを直すための方向性を徹底的に議論した成果です。
報告書では、「経済成長と社会保障の好循環」の重要性を強調しました。社会保障が栄えて国が滅びることがあってはなりませんし、企業が元気でも国民生活の安定が脅かされては困るように、両者を切り離して考えることはできません。社会保障を議論する場合には、社会保障だけに集中して議論される傾向がありますが、どのよ
うな給付を行い、どのように負担を求めるかは、経済活動に大きな影響を与えます。「経済成長と社会保障の好循環」という大きな視点で社会保障を考えていくことが重要です。
また、報告書は、社会保障を考える上で「自助の重要性」を強調しています。社会保障を議論する場合、今ある制度を出発点にして、その制度をどう変えるかという議論に終始しがちです。しかしながら、本来は、一人一人の個人が自分で人生設計を立てて、引退後の生活や健康の不安など人生のリスクに向き合い、自助で対応することが基本であるはずです。こうした自助があってこそ、経済社会の活力も維持できます。社会保障は、個人が自助で対応できない場合に、社会全体でリスクを共有するものです。社会保障が拡大し過ぎて、一人一人の個人がまず自分で考えるべき範囲に制約をかけては本末転倒です。あくまで自助の支援を基本として、自助では対応できない本当に必要な方にサービスが提供されるような社会保障が求められます。
さらに、報告書では「少子高齢化を新たな成長の源泉につなげるための成長戦略」も議論しました。経済を列車に例えると、外貨を稼いでくる産業が機関車、内需産業が客車にあたります。もちろん、機関車が無ければ列車は動きませんので、外貨を稼ぐグローバルな製造業の競争力を強化していくことは大事です。しかしながら、医療や介護など、少子高齢化の中で拡大していく内需産業を強くしていくことも、良い立て付けの客車を作るという意味で、大変重要な課題です。特に、高齢者消費を活性化すれば、少子高齢化の中でも国内の消費水準を安定的に拡大していくことが見込まれます。長寿社会の潜在成長力を官民一体で開拓していくことが重要です。
この報告書が、今後の社会保障改革や成長戦略のあり方を考えるための出発点となり、官民一体となった大胆な取組につながることを心より期待します。
産業構造審議会基本政策部会部会長
東京大学大学院経済学研究科教授
伊藤元重