「技術力があるのに市場がない。」という台詞をよく日本企業の方から伺う。日本の国内市場だけを対象にしていれば、確かにこの声は正しいかもしれない。しかし、世界には急成長を続けている多くの新興国市場がある。成長を続けている新興国では、毎年数千万人、新しく消費する人々が誕生している。
私は、この数年、日本経済は外需を取り込んで世界とつながることにより復活することができるという趣旨の論文、書籍を執筆してきた。そんな折、経済産業省の波多野通商金融・経済協力課長(当時)から「新興国の中間層向けビジネス」についての研究会を立ち上げるとのお話をうかがい、研究会のテーマに惹かれて微力ながら座長として参加させていただくことになった。
研究会では、(株)ワコールの安原社長はもちろんのこと、各社の海外営業のトップの皆さまからビジネスの現場の御苦労、新興国市場の有望性についてのお話を伺った。また、事務局の皆さんに新興国の消費市場に参入している50社のビジネスについてのヒアリングを行っていただいた。ビジネスの現場についてのお話を伺ったことは、研究会の報告書の厚みを増すことに役立ったとともに、私自身も大変勉強させていただいた。
報告書では、まず、新興国の中間層の拡大について各種資料を用い定量的な予測を試みた。その結果として、中間層の増大は、2010年の所得階層ピラミッドを2030年には中間層が膨らんだ五角形に変貌させていくことが示唆された。
次に、アジアで現在活躍している日本企業の状況をまとめるとともに、各社の市場攻略パターンを「新中間層獲得に向けた3つのアプローチ」として整理した。
最後に、参加していただいた企業の委員の方々の発言を基に、提言をとりまとめさせていただいた。日本企業へのメッセージとしてとりまとめた5項目、(1)新興国の消費者ニーズの把握(ローカルフィット)、(2)新興国政府および消費者の理解獲得、(3)適切な現地化の推進、(4)日本人の人材育成、(5)トップのリーダーシップは、新興国市場攻略に不可欠な項目リストであり、是非、これから新興国市場開拓に向かう企業の皆さんには、参考にしていただければと願っている。
さらに、日本政府に対する提言も行っている。新興国市場における日系企業の流行語「OKY(おまえ、ここに来て、やってみろ)」は、各社の企画部門に対する声であるとともに、日本政府、政府関係機関に対する要望でもあり、日本企業が新興国市場に出ていくためには、企業の努力だけではなく、政策的な支援が不可欠である。
効果的な政策の実施のために、本書が少しでも貢献できることを願っている。
最後に、研究会の委員はじめ関係された多くの方々に感謝申し上げるとともに、今後、日本企業の新興国におけるビジネス展開がより積極化していくことを期待したい。
平成24年8月
東京大学教授
戸堂 康之